※神余くんの世界史あいらんど…河合塾世界史講師「神余秀樹」先生(吉崎の恩師)の“ちょっとdeepな”世界史をご紹介します。
〈期間限定アップ・2020年11月〉
★タテマエの世界史、ホンネの世界史 ――――思いつき的「アメリカ合衆国論・2020」
この文を読む皆さんは、米国の大統領選挙の結果を、もはや知っていることだろう。
現時点(11月1日記)の僕は、まだ知らない。
今回は本当に、わからない。ハッタリ抜きに断言できる人はいないだろう。そんな意味で〈神のみぞ知る領域〉なのかも知れない。
ただ、今までの選挙と明らかに違う点がある。
「隠れトランプ」という言葉が、選挙予想段階から飛び交う現象である。逆に「隠れバイデン」とは誰も言わない。(4年前も「隠れヒラリー」なんて聞かなかった。)
なぜなのか。
この事実の背景を、きちんと説明できる人は意外と少ないのではないだろうか。
「人種差別はいけません。」その通り。「移民排斥はやめましょう。」同感です。「環境破壊と地球温暖化に反対しましょう」全く異論はないのです。(僕自身、かつてその類のことに深く関わった意味では“筋金入り”ですよ。)
しかし、……。(※1)
最近、ごく一部で注目されている芥川龍之介の言葉に「国民の9割は正義感を持たない」という言葉があります。
「トランプの岩盤支持層」といわれる人たちには、若者の「正義感」や「理想論」とは、明らかに異なる労働者の生活実感とホンネが見える(実は、若い学生らの「ベトナム戦争反対」運動と人種差別に反対する「公民権運動」が注目を集めていた1968年の選挙でニクソンを当選させた“サイレント・マジョリティ”にも一脈通じると思われます。)
さて、ここからが「世界史」です。
合衆国の、憲法・議会、そして大統領制を考案した建国者たち(なかでも僕が好きなのはベンジャミン・フランクリンですが)。彼らは、今のこうした騒ぎをも、ある意味では予測し、時には、トンデモ問題児や破天荒な乱暴者やがリーダーに選ばれることも想定内に織り込んで、合衆国の制度設計をしたのではないだろうか、と現在の僕は実は思ってます。
当時、彼らアメリカの独立を英国から側面支援した人物にアダム・スミスがいます。みんなが自分の金もうけのために一生懸命、知恵を絞り汗を流す。このことが、多くの人の“共感”を生む社会を築く。『道徳感情論』を著したスミスが、さらに市場の役割に考察を広げたのが『諸国民の富(国富論)』(1776、独立宣言の年)です(※2)。
時は産業革命期。この理念に共感した人材が次々と海を渡った。
「(たまたま)その国に生まれたから」ではなく「(自分の意思で!)その国を選んだ」人々が、少なくともその骨格を作った国。
その点で、合衆国はやはり特別な国でした。
現実には、金権選挙、マスコミの暴走、誹謗中傷合戦……。市場経済と民主主義の理想は傷だらけにも見えます。
そんな状況を、冷徹に観察している国がいます。
古い歴史を持ちながらもこの30年ほどで急速に姿を変えて登場した大国です。欧米流の市場原理を、少なくとも表面上はごっそり取り入れて、今や米国の地位を脅かし始めた東の大国です。(※3)
4年ごとのお祭り騒ぎ的な選挙で大混乱を見せる国よりも、「絶対的な賢者の党が指導する国家」こそが最強なのだと、彼らは“確信”を持っています。
アヘン戦争以来、屈辱を強いられて来た200年近い歴史へのリベンジの始まりなのか。
それはまだ判然としません。
でも、「トランプの悪口をいくら叫んでも行方不明にならない国」に、現時点での僕は偉大さを感じています。
「B・フランクリンv.s.毛沢東」。この文脈は、今後も本ページで語らせてもらうことになりそうです。
〈注〉
(※1)なかなか言葉にし辛いので「……」なのですが、参考として考えておきたい事態として、「銃社会の米国では、2014~19年、1467人の警察官が撃たれ、249人が亡くなったとする分析がある。」(朝日新聞、2020年9月25日)。
(※2)翻訳家では、山岡洋一氏を僕は尊敬しています。山岡訳『国富論(上・下)』は日本経済新聞社から、2007年刊行。
(※3)この30年間、停滞を続けた日本との対比も注目、です。
(以上、文責:神余秀樹)
〈神余秀樹先生プロフィール〉
1959年、愛媛県に生まれる。広島大学文学部史学科卒。民間企業勤務などを経て受験屋業界の“情報職人”となる。あふれる情報の山に隠れた“底の堅い動き”。“離れて見ればよく見える”。さらに“常識から疑え”。そんな点も世界史のすごみかと思う。
目標は「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを面白く」。学校法人河合塾世界史講師。
【著書】
『神余のパノラマ世界史(上・下)』(学研プラス、2010初版・2015改訂版)
『世界史×文化史集中講義12』(旺文社、2009)
『超基礎・神余秀樹の世界史教室』(旺文社、2018)