400.「★みんなで仲良く沈む国? ―――その2~されど破格の債権国~の使い方」

※神余くんの世界史あいらんど…河合塾世界史講師「神余秀樹」先生(吉崎の恩師)の“ちょっとdeepな”世界史をご紹介します。

★みんなで仲良く沈む国?

――――その2・「されど破格の債権国」の使い方

予備校講師のルーティン・ワーク(授業の予習、模試の作成ほか)の延長で、敢えて深掘りということも多々ありました。単純に「知りたい。わからん。だから調べる」。まあ当然でしょ。
 「国際収支の発展段階説」。これもそんなひとつでした。前提として「国際収支統計表」の読み方。その全貌を俯瞰しておく必要がありますが。(※1)

今の日本が世界史の流れ全体のどこに位置しているのかを考えるひとつの手がかりにもなりそうなので紹介してみます。1950年代にクローサーという経済学者さんたちが提唱したそうです。)以下、少し理屈っぽいコトバが並ぶので、次のパラグラフは「超速・読み飛ばしも可」です。

国の発展パターンです。まずは「未成熟の債務国」から始まり、産業が育ち国際競争力が備わり、やがて「経常収支」が黒字に転換、対外債務の返済も進み、やがて対外純資産が増えた結果、債務国から債権国に移行し(※2)、「成熟した債権国」となるという物語。(もちろん各国・各時代の個別特性や偶発要因はあるでしょうが。)

英国でいえば、産業革命の結果「世界の工場」となり、その儲けも貯まって来た1870代からは、もはや「モノ作り」より資産運用で稼ぐ。工業生産では米国やドイツに抜かれても、それは決して「没落」ではなく、むしろ彼らに投資する側の「世界の銀行」となってゆく。海運・保険なども含め。(「成熟した債権国」の条件には「貿易赤字」があります。僕も学研の参考書には「貿易赤字の大英帝国」というページを入れてあります。)

 

 実は、この説が今の日本にはよくあてはまるそうです。

明治・大正期には慢性的な経常赤字。戦後の高度成長期から大幅な黒字。とくに70年代の石油危機を乗り切ったあとの80年代は自動車などの怒涛の輸出で経常黒字を連発した。

転換点は2005この国の形が変わったことを示す象徴的な年でした。

この年、「経常収支」のうちの「所得収支」が「貿易・サービス収支」を超えた。いわば“モノ作り立国”から“投資立国”に姿を変えたわけです。

結論。簡単に言います。

おじいちゃんたち昭和世代が頑張って稼いでくれたおかげで、平成・令和の孫の世代は利子・配当収入で暮らせるようになった」というお話です。

 

 もはや「資産運用」で生きる国、と言うと「そりゃ、持ってる人はええけど、持ってない人はどーなんねん?」という反応もあるでしょう。確かに。でも、途上国の貧困層と違って、「この国にいる」という事実が実は“大きな特権”である。つまり、眼の前にカネになる仕事(orビジネス・チャンス)がある。だから今は日本に来たがる外人さんが多い。近所のコンビニ、ファミレスの店員さんも…。(最近、「入管」をめぐる現実を少しだけ知りました)

★とにかく、近年の事実(コロナ前、2018年の概要)

対外純資産¥350兆を超える「ダントツ最大の債権国」、トップランナー独走の日本

・その後を追って、¥200兆を少し超えたあたりだったか、2位争いをするドイツ中国

米国は、「レーガノミクス」の1980年代以来、債務国(先の「…発展段階説」の最終段階「債権取り崩し国」)です。しかし、基軸通貨はいまだ米ドルであるという事実を、さて世界史はどうみるべきか。(※3)

 

さて前回の結論。「沈みゆく島国、海の向こうに台頭する巨大な大陸国家」、すでにお察しの通り二重の意味を持たせました。➀まずは英・米、➁そして日本と、あの国です。世界史の大転換点が眼の前に来ているのを感じています。

確かに沈む? でも、まだ持ってる武器がある。まず金融資産(政府の借金がチョト怖いが)文化の質? その「取り崩し」が始まるか? 願わくば「美しい沈み方」を!

 

(※1)国際収支統計表の読み方について。例えば、外国企業の株や債券を買ったカネは「金融収支」(従来は「資本収支」)の欄にカウントされるが、その結果の利子・配当は「経常収支」の中の「所得収支」の項目に入る点など。確かにチョトややこしい。

 

(※2)「債務国から債権国へ」。従来の世界史教科書では、第一次世界大戦期に米国が台頭する所でいつも出てくる決まり文句です。貿易収支と混同する誤解も多いまま、枕詞のように「覚えとけ」となる典型例。やはり、フローとストックの概念、金利を含め「金を貸す」ことの意味などについて本来じっくり考えて理解すべきところなのですが。

 

(※3)拙著もひとつ紹介しておきます。『超基礎・世界史教室』(旺文社、2018)。そもそも出版側の要請が破天荒でした。「暗記よりも理解する世界史を!」「マネーの流れを含めてのダイナミックな世界史を生徒たちに考えさせ、理解させる本を書いてくれ。煩雑な個別知識はすっ飛ばして結構!」と言われ僕も一気に書いた本です。

つまり、「参考」書ではあっても「受験対策」本ではありません! 初めから受験知識は無視してます(その旨「まえがき」には書いたのですが)。ところがやはり「情報量が足りない」「用語が少ない」といった趣旨の誤解もあるようなので、念のため。(「共通テスト」時代を見越した「新しい世界史」像を模索する意図も、編集サイドにはあったようです。成否の御判断はお任せします。) 

――――2021720日記 


〈神余秀樹先生プロフィール〉

 1959年、愛媛県に生まれる。広島大学文学部史学科卒。民間企業勤務などを経て受験屋業界の“情報職人”となる。あふれる情報の山に隠れた“底の堅い動き”。“離れて見ればよく見える”。さらに“常識から疑え”。そんな点も世界史のすごみかと思う。

 目標は「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを面白く」。学校法人河合塾世界史講師。

【著書】

『神余のパノラマ世界史(上・下)』(学研プラス、2010初版・2015改訂版)

『世界史×文化史集中講義12』(旺文社、2009)

『超基礎・神余秀樹の世界史教室』(旺文社、2018)