415.「★マジ・せか・2」

※神余くんの世界史あいらんど…河合塾世界史講師「神余秀樹」先生(吉崎の恩師)の“ちょっとdeepな”世界史をご紹介します。

★マジ・せか・2:

殿様の借金

君主が商人からカネを借りる。昔からよくあることです。そのカネを返さず踏み倒す(債務不履行=デフォルト)。これもよくあることでした。「カネ?返せん!」と居直る。

よく使われた手が代替わりのタイミング。「オヤジの借金?わしゃ知るか!」「王様、それは困ります。御父上は確かに…」「知らん、知らん」……。

スペイン=ハプスブルク家。父カルロス1世に代わり即位した息子フェリペ2世はさっそくのデフォルト1557、当時の敵国フランス・ヴァロワ家も同様に財政破綻。お互いが疲弊した結果が、1559年のカトー=カンブレジの講和)※1財政管理に無頓着な彼は1575年にも(さらに15961607…)※2国債の保有者、つまり出入りの商人だったフッガー家(+ジェノヴァ商人)、こうして巨額の不良債権を抱え没落へ。

戦乱は続く。給料の遅配に怒る兵士はたびたび反乱。またまた金が要る。

殿様、「すまん。また貸してくれ」と(言いにくそうに)。商人は(やや冷たく)「わかりました。お貸ししましょう。その代わり金利は高うさせてもらいまっせ(なぜか関西弁)と、高金利を要求される(貸す側にとって信認の低い国・君主の国債はハイリスクなわけで、リスク=プレミアムを上乗せされる)。つまり、資金調達のコストが高騰。利払いの負担がさらに増大。財政危機の悪循環に陥る。そんな政府の国債は誰も買わない。[債券価格の下落=金利は上昇]※3

デフォルト連発・高金利

つまり、踏み倒しを繰り返した国は、高金利を課せられ、戦争なんてしたくても資金調達が不可能になる(のち仏・ブルボン家もこの点で英国には敵わず、高金利地獄で国家破綻→革命へ。)

スペイン財政の危機は続く。オランダの独立めざす新教徒との戦争1568~、80年戦争)や、イギリスの海賊とその首領エリザベスとの戦争1588、アルマダの海戦)。この間、新大陸からのの供給1570年以降、銀の精錬法の改良[アマルガム法]で一時的には改善もしたが)でも追いつかず ……。

バルト海から長崎へ

 その一方、最も信用が高く安定した価値(したがって低金利で流通したのが、オランダ・ホラント州の公債でした。卓越した造船・操船技術で中世末、すでにバルト海貿易を支配下に置いたオランダ商人が(つまり、ハンザ商人を抑え)※4。まさしく、バルト海を制する者が世界の海を制す17世紀の覇権国家が、いよいよその姿を見せ始める。

 旧教スペインの没落、新教オランダの台頭。これに、豊臣家v.s.徳川家の抗争が連動してくることにも昨今は注目が。(→続く)

 

※1 諸田実『フッガー家の時代』(有斐閣・1998、p271)によると、この講和(1559)について、両国ともに破産して「戦争を続けることができなくなったことも、原因の一つだといわれている。」

※2 この時(1575)は、国際金融センターたるアントウェルペンでは金融パニックが生じ、アントウェルペンとフッガー家の衰退へ。(この時、一時的に金融センターの機能はジェノヴァへ移る。)

※3 一般に、君主の借金はリスク・プレミアムの分、民間の商人間よりも金利が高く設定される傾向があったことなどは、日本の「大名貸し」にもほぼ同じことが言えているようです。

※4 バルト海は、船舶材料たる木材のほか、ロープの素材となる麻・亜麻、船舶の隙間を密閉するピッチ・タールなどの取れる“母なる海”であった。バルト海の入り口にあたるエアソン海峡(ズンド海峡)は、寒冷化の14世紀には度々氷結。さらには潮の流れも急な海の難所だった。卓越した操船技術でこの難所を制したのがオランダ船だった。[M.V.ティールホフ『近世貿易の誕生』(玉木俊明ら訳、知泉書簡・2005)ほか]。

 

なお、東大・世界史・2010のメイン論述(第1問)は、従来型の通常の「オランダ史」と異なり、冒頭から「中世末」に力点を置き、近世覇権国家の前提としてのバルト海交易の論述を求める点で視点としては新しく、各予備校の解答にも差がついたところ。


〈神余秀樹先生プロフィール〉

 1959年、愛媛県に生まれる。広島大学文学部史学科卒。民間企業勤務などを経て受験屋業界の“情報職人”となる。あふれる情報の山に隠れた“底の堅い動き”。“離れて見ればよく見える”。さらに“常識から疑え”。そんな点も世界史のすごみかと思う。

 目標は「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを面白く」。学校法人河合塾世界史講師。

【著書】

『神余のパノラマ世界史(上・下)』(学研プラス、2010初版・2015改訂版)

『世界史×文化史集中講義12』(旺文社、2009)

『超基礎・神余秀樹の世界史教室』(旺文社、2018)