436.「★マジにお馬鹿な大統領――――危機を脱したプーチン政権」

※神余くんの世界史あいらんど…河合塾世界史講師「神余秀樹」先生(吉崎の恩師)の“ちょっとdeepな”世界史をご紹介します。

マジにお馬鹿な大統領――――危機を脱したプーチン政権

こんなに馬鹿とは思わなかった。ロシアではない。アメリカである。

例えばロシアの新興財閥について。米国大統領は「この狂暴な政権のもと何十億ドルもの稼ぎを得たオリガルヒと腐敗したリーダーたちを許さない!」との先日の演説。

この米国大統領の力強い言葉を聞いて一番喜んだのはプーチンではないだろうか。「これで部下たちの離反は避けられる。俺の下に結束するしかない」と。

TVでは「ロシアの一部の財閥や側近筋がプーチンに距離を置き始めた」といった報道が繰り返し流れていた。専門家までもが「プーチンの眼つきが虚ろになって来た」とか「今や暗殺を恐れてる」とか…。「政権内のクーデタでプーチン失脚の可能性」という予測までささやかれた。

ロシア軍の幹部についても同じで、想定外の頑強な抵抗と「国際社会」からの非難に動揺したのか(内部の実態はまだ不明だけど)、進軍は遅かった。軍人だって自分の将来の心配もする。[※1]

まずは攻撃のターゲットをプーチン個人に限定して、ロシアの有力者や国民が「プーチン降ろし」に向かうべく誘導はできなかったのか。「ロシア人」全体を非難するはもちろん論外として、まずは「プーチン個人に制裁」とはならなかったのか。

意外なほどの「西側の結束」に、当初は動揺したロシア支配層も、これからは腹をくくってリーダーの下に結束する(しかなくなった)。反戦運動まで展開した若い世代も、やがて「偉大なるわがロシア」と言い出すのか。プーチン個人を孤立させるチャンスは消えた、ようにみえる。[※2]

例によって英国の情報機関・諜報機関も水面下で動いているはずだが、事実上の「西側の司令官」は、残念ながら米国大統領しか見あたらない。

「ばいでん」とかいう老人。何年政治家をやってるのか、僕は知らんし知りたくもないが、とにかく「敵の大将を孤立させる金持ちは敵に回さず上手に使う」といった政治技術は知らないようだ。

とにかく「ロシア版・本能寺の変」は無くなったと考えるしかない。(これで、背後にいるもう一人の超巨大な独裁者も安泰な日々に戻るのか…。)

 

理屈抜きの僕の信念:子供を殺すのは絶対悪、です

 

2022312日(土曜)、

「近くキエフ陥落か」との予測が杞憂となることを祈りつつ。

※聞けば露軍は「シリアで外人部隊を集め始めた」とか。たしかに同じスラヴ人同士よりも、欧米に社会を破壊された中東には恨みも蓄積されているだろう。これも冷徹な彼の計算か。これから始まるのは虐殺タイム…

 

[※1]独裁政権の崩壊局面での側近の離反。僕の頭に浮かぶ例は、反政府暴動が激化するなか独裁者が側近に射殺された韓国1979)。民主化デモを鎮圧すべきが民衆に銃を向けることを拒否して独裁者に造反して革命が生じたフィリピン1986)…。古くはアレクサンダーに大敗したのち部下に殺されたダレイオス3世の例(前330)など、数々。

 

[※2]類似の事例は、第二次大戦中の1943年1月、カサブランカ会談直後の記者会見で米国大統領が「いつまで戦うのか」と問われ「無条件降伏まで」という言葉を使った件。つまり、「ドイツを徹底的に潰すまでやるぞ」と。これを聞いたヒトラーが力を得た。実は当時ひそかに模索されていた「早期講和」論は消滅。戦争はさらに2年以上も続くことになった。(吉田一彦『無条件降伏は戦争をどう変えたか』[PHP新書・2005]など)


〈神余秀樹先生プロフィール〉

 1959年、愛媛県に生まれる。広島大学文学部史学科卒。民間企業勤務などを経て受験屋業界の“情報職人”となる。あふれる情報の山に隠れた“底の堅い動き”。“離れて見ればよく見える”。さらに“常識から疑え”。そんな点も世界史のすごみかと思う。

 目標は「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを面白く」。学校法人河合塾世界史講師。

【著書】

『神余のパノラマ世界史(上・下)』(学研プラス、2010初版・2015改訂版)

『世界史×文化史集中講義12』(旺文社、2009)

『超基礎・神余秀樹の世界史教室』(旺文社、2018)