※神余くんの世界史あいらんど…河合塾世界史講師「神余秀樹」先生(吉崎の恩師)の“ちょっとdeepな”世界史をご紹介します。
★近況+“今”を読む練習問題
静かでした。世の受験シーズン、解答速報zoom会議。実は、昨年末から手がけている「世界文化史」関連のお仕事。古い時代のことも、あれこれ確認をとったり、改めて調べたりーの、プチ優雅な、平和な時間でした。(1)
「開戦」報道が流れました。
まるで「力ずくと暴力の20世紀」に戻ったかのような映像が続く。
近年になく、僕も怒ってしまいました(前回の記事)。
補足。やはり、ばいでん氏はマジメな善人。喧嘩なんてしたことがないのだろう。本音がそのまま言葉に出る。「プーチンは戦争犯罪人」なんて、正しいことを言ってしまう。
「司法取引」的なリアリズムや、「お顔ニコニコ、握手しながら裏でグサり!」的な凄みは、ない。
20世紀の暗闇には…。密室で恫喝。表向きは平然とウソ。厚顔無恥な大宣伝。「ウソも100回言えばホントになる」。殺戮も正当化。暴力のレベルも政治判断で調節する。冷静に計算された狂気…。そんな奴らに潰されないためには、それなりのハラの括り方も要る、ですよ。(でも、ばいでん氏のような善人でも殺されないで務まるのが今の「民主主義国」のいいところなのかなぁ?とも、最近は。)
プーチン最大の危機があったとすれば、想定外の頑強な抵抗と、これまた想定以上の強い制裁にロシア中枢も動揺を見せた3月初旬、だったかと。チャンスはなかったのか。敵の城内の人心攪乱。不信感を煽り、内紛を誘う…。孫呉の兵法か、マキャベリ的な。
しかし、侵攻により露国内の支持率は上昇! 危機は脱し、今や体制を固め直す。
「どうせ虚偽(フェイク)のプロパガンダの結果よ」「真実が伝われば、きっと反対運動も広がるはず…」「夏には失脚か?」と、西側メディアには希望的バイアスがかかる。(2)そうなればいいなと、僕も思う。
でも。
「反プーチンの声、広がる」報道も、その大半は知識人や文化人の話。
「国民の9割は正義感を持たない」(芥川龍之介『侏儒の言葉』)
「自由」とか「民主主義」よりも、力強いリーダーを、大衆は求める。たとえ、虚偽であることは半ばわかっていても。噓でもいいから、夢を見せてくれる指導者。「私を、騙してぇ」的な。(ヒトラー『我が闘争』[Ⅰ・第6章]は女性心理を喩えに用いる。)
これから「民族の物語」が語られるとすれば、
「ゴルバチョフが西側に媚びを売って壊してしまったロシアの権威を復活させるため、今や世界を敵に回して戦う英雄!」と。
だとすると……、今や開き直ったプーチン2.0は、怖い、かも。
これからが本当の殺戮タイム本番か。さらに事態が拡大することも、覚悟すべきかと。
(だって、露国の今や10倍の経済規模の超大国も控えているわけで…)
――――これが杞憂に終わることを祈りつつ。
僕の信念:「権力者を批判しても行方不明にならない社会」は絶対に守るべき、です。
では、最近流行りの「(暗記ではなく)思考力を問う問題」です。
[設問1]「一般市民への無差別攻撃」もロシアの軍人からすれば「チェチェンやシリアで以前行ったのと同じ作戦を展開しているだけなのに。なぜ、今回だけはこんなに国際社会は大騒ぎするのか。」という言説もすでに一部では語られている。「国際社会」とは何なのかについても考慮しながら、600字以内で述べよ。
[設問2]21世紀の現在、「専制国家」と言われている国々は、13世紀の地図ではモンゴル帝国の領域に置かれた地域とほぼ重なることも指摘できる。モンゴルの支配下に置かれなかった地域に現在の「民主主義国家」の多くが存在することを考慮し、それらの相違について800字以内で述べよ。
[※補足]
(1)この夏には書店の店頭の片隅に置く予定の拙文です。
例えば4世紀、ヘレニズムの文化伝統を残すアレクサンドリアでは、天文学・数学を講義する女性学者ヒュパティア(4世紀半ば~415)が注目を集めていました。しかしこの街にも、怒濤の勢いで拡大するキリスト教徒が押し寄せる。彼女らの科学は、神を冒涜する異教の業であると。その非業の最期(415年)を描く映画『アレクサンドリア』では、キリスト教徒の集団は、理性なき野蛮な暴徒として描かれます。
これを、単なる「天才的女性学者を襲った悲劇」と見るだけでなく、世界史教科書で「キリスト教の国教化」として語られる「一神教の革命」の嵐が必然的に起こした惨劇として、または科学者の営為を翻弄する不条理な時代の流れとして考えるべきことかと思います。“偉大な教父”アウグスティヌスとほぼ同時代のことという点も、「世界史的視野と思考力の育成」とかの、一例ですね。
(2)ついでに。露・国債デフォルトについて。
「ルーブル建ての支払いにしてくれ」との露国の要求も、西側に拒否られたもんだから、必死でドルをかき集めてか、3月17日の元利払いはドル建てでクリア、3月末日もなんとかクリア。しかし、次の4月4日の金額はケタ違い。「ついにロシア経済破綻!プーチン失脚?」 と騒ぎたい人もいるようで。僕も気になって金融筋の知人に聞いてみると、「4月・露国デフォルト」は、市場はすでに織り込み済み、らしい。(かつて、国債はジャンク=ボンド化、米国からは金融封鎖…、それでも真珠湾を攻撃して4年近く耐え抜いた国もありました。詳細は、富田俊基『国債の歴史』[東洋経済新報社]を。)
――――2022年4月2日、深夜
〈神余秀樹先生プロフィール〉
1959年、愛媛県に生まれる。広島大学文学部史学科卒。民間企業勤務などを経て受験屋業界の“情報職人”となる。あふれる情報の山に隠れた“底の堅い動き”。“離れて見ればよく見える”。さらに“常識から疑え”。そんな点も世界史のすごみかと思う。
目標は「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを面白く」。学校法人河合塾世界史講師。
【著書】
『神余のパノラマ世界史(上・下)』(学研プラス、2010初版・2015改訂版)
『世界史×文化史集中講義12』(旺文社、2009)
『超基礎・神余秀樹の世界史教室』(旺文社、2018)