599.「★オトナの歴史は流血・陰謀、何でもありーの? ――TBSドラマ『VIVANT』に寄せて」

※神余くんの世界史あいらんど…河合塾世界史講師「神余秀樹」先生(吉崎の恩師)の“ちょっとdeepな”世界史をご紹介します。

オトナの歴史は流血・陰謀、何でもありーの

――TBSドラマ『VIVANT』に寄せて

 

 あちこちで話題のドラマらしい。僕も『アラビアのロレンス』的な初回あたりから観てますよ。なるほど、スケールもデカい。俳優さんたちも凄い。とにかく面白い。さすが「ドラマのTBS」の真骨頂かと。

 

★で、結局「潜入捜査官」の話ですね。

敵・組織の信頼を得るために、父子の情を利用し、目の前で味方を殺す(これも組織上層の当初からの命と見た。末端の工作員数名は捨て駒のはずが、その場でトドメを刺さない甘さはやはりドラマかな?
 驚いたのは、「工作員同士が、任務遂行中に、実名を! しかも通信で呼び合う」? そもそも会議の設定自体が「盗聴器どうぞ仕掛けてね」的に大きな部屋で、まず所属まで自己紹介から!? ん? 学生サークルか? 通常なら、工作員相互も、お互いの名もコードネームで知るのみ。(この機密保持が、逮捕→拷問による組織への打撃を防ぐ知恵であることは、例えば、青年トルコの極秘会合について述べた、山内昌之「近代イスラームの挑戦」(中公文庫『世界の歴史20』p.460)などが興味深い。

潜入捜査と言えば、レーニン(実名:ウラディミル・イリイチ・ウリヤーノフだったかな)の側近にも秘密警察のスパイがいたのは有名。それと知りながらレーニンは摘発・査問は敢えてしなかった。なぜか。簡単。彼が実に有能な“革命家”だったから。二重スパイ・三重スパイ…の世界も(ゾルゲ事件の尾崎もそれに近いか。最近なら「転職者」という産業スパイも)

 

★確かに、権力は「キレイごと」では成り立たない。歴史が証明済み。

自衛隊や公安警察などには、殺しテロなどの“汚れ仕事”や××や××などの非合法工作も“何でも有り”の地下部隊があることは、以前から陰では言われていたことだけど、今や元・防衛大臣さんがその存在を認めたというから、その“流儀”も変わってきた、ということかな。(日本国家の尊厳と国益を守るための殺人もあり、とのことか。)

事実1970年代からの×××や、90年代の×××、さらに×××など。そういう組織の存在なしには説明できない事件や、より残虐な事実は、勿論あります。(×××、伏せ字。僕、あと少しは長生きしたいので。)

 

今まで盛んに「外国のスパイ野放しの日本」といった宣伝もありましたが、いやいや日本もまだまだ捨てたものではない。今の国際環境の変化のなか、いよいよ僕たちの日常生活の風景の中に「リヴァイアサン」(英・MI6やイスラエル・モサドや×××など)が姿をみせる時代か。

 

★脱線・その1

友人にこのドラマの話をすると「テロ組織が孤児院を経営?」なんてあり得ないだろ。甘っちょろ過ぎドラマじゃねえの?と言われました。

しかし、例えばパレスチナの「過激派テロ組織」ハマスは、孤児院や学校、病院や養老院を経営しています。(むしろ、パレスチナ自治政府腐敗・堕落した指導者に怒る人々がハマスに期待するしかない状況(および、その腐敗を容認する外国の人脈についても)を、世界に知らせることが、まずは重要かと。(あ、この方がヤバい?)

 

★脱線・その2

それよりも、堺雅人のセリフに「この10年間のテントの損益計算書を見せてください」というのがあったかと思うけど、これは「貸借対照表も併せて見せて…」とすべきかな? 

損益計算書(PL)は単年度の収支。その結論たる「当期純利益」が貸借対照表(BS)に送られ「利益剰余金」となる。組織の現・資産状況の全貌を知るにはやっぱBSでしょ。

 

(※)僕の大雑把な理解では、いわゆる「貸方・借方」の複式簿記の原則は、中世末イタリアでまとめられ、オランダ東インド会社(VOC)が、1回きりの航海に出資するのではなく複数の船を同時に運用する企業に出資することで投資リスクを軽減(→資金調達力の飛躍的な向上)。恒常性(ゴーイング・コンサーン)の原則を確立したことで「各期末の処理」の「期」という概念が導入される。(加えて、無限責任ではなく有限責任制を取ったことも大きいかと)。オランダの金融手法は英国に継承され、産業革命による運河、さらに鉄道の登場(資産規模の巨大化)により、「減価償却」という手法が始まる……。

「とにかくオランダは凄かったんだ~」的な、いわば根性論的な「覇権国家論」が未だに横行している感もあるので。

簿記会計を、文豪ゲーテが「人類至高の英知」(作中の登場人物のセリフですが)と言った通り、たしかに世界史の全貌を読み解く必須の技術史かと思われます。

 

       ――――2023年9月17日・記、このあと最終回を観ます。楽しみ♪)

★神余秀樹プロフィール

 1959年、愛媛県に生まれる。1978年、広島大学文学部史学科東洋史専攻に入学。中国農村社会史に関心。1980年3月に訪中。解体寸前の人民公社の実地見学や劉少奇の名誉回復など、“脱・文革”の流れを実感。韓国・朴正熙政権の経済構造に関する研究会の他、露・ナロードニキの“非西欧性”と文学の関係には没入(大学の単位制度は無視)。丸山真男の超国家主義論、竹内好の魯迅論、三浦つとむ「官許マルクス主義」批判や、高野孟『インサイダー』に強く影響を受けた。意図的・計画的な留年2年を経て(当時、学費は安かった)卒業後、電気通信系の民間企業を経て塾業界へ。世界史の“情報職人”となる。

198990年、在英日本人高校の講師として英国在住。産業革命遺跡などを巡る一方、崩壊直前の“ベルリンの壁”、東欧・民主化革命の現場を見る。(その後も、パレスチナ和平に揺れるエルサレム[1996]、中国への返還前夜のポルトガル領マカオ[1999]など、歴史の積み重なった現場の数々を歩いた。)
 帰国後は河合塾世界史講師として30年余り。地図と年表を組み合わせて俯瞰する立体的マトリックスの手法をめざす。講義のほか模試の作成、難関大対策業務の数々、高校の先生方対象の入試研究会や研修なども歴任。

大学の市民講座は頻繁に聴講。近年は、歴史の底流たるマネーの流れにもこだわる。

目標は「難しいことを易しく、易しいことを面白く、面白いことを深く」。

 

★著書

『神余のパノラマ世界史(上・下)』(学研プラス、2010初版、2015改訂版)

『タテヨコ世界史 総整理・文化史』(旺文社、2009初版、2022改訂版)

『超基礎固め 神余秀樹の世界史教室』(旺文社、2018