606.★『冬の散歩道』の頃

※神余くんの世界史あいらんど…河合塾世界史講師「神余秀樹」先生(吉崎の恩師)の“ちょっとdeepな”世界史をご紹介します。

『冬の散歩道』の頃

 田舎の平原、毎日グランドの外周を走っていた。陸上部だった僕の高校時代。胸に響いていたのがサイモン&ガーファンクル。特に『冬の参歩道』、

Time time timesee what become of me、…

 時よ、僕がどうなったかを見るがいい

歳を経た今、意味も違って聞こえてくるのかも。

『アメリカ』という曲もあった。1970年代、ベトナム戦争の破綻、大統領の不正WG事件)と辞任。アメリカの「自信と栄光」が深く傷ついていた頃。

ハリウッド映画のヒーローに象徴されるマッチョなアメリカ、ではなく、内省的なアメリカを、僕はP・サイモンに感じていた。

この半世紀の物語

やはり1970年代の西海岸。自宅ガレージで電子部品をいじる学生たちがいた。長髪、Gパン、髭面。とてもビジネスマンには見えない奴ら。

子供やおばあちゃんが居間で使えるコンピュータを!」。

※創業者S・ジョブズは全てをマウスで操作することに、こだわった。彼を描いた映画では、「そんなのやっぱ無理っすよ。」と言う部下を、じっと見すえたジョブスが一言。「出ろ。」「え?僕をクビにするんですか?」「違う!もうクビにしたんだ!今すぐここから出てけ!」と一喝する。(日本なら「超~ブラック企業」。やはり日本は「(実質上は)社会主義国」だったようです…。今までは。)

理想にこだわった彼らがやがてPC界の巨人IBMを超え、さらに世界史上最大の株式時価総額を達成する。もちろんApple社の話です1975設立)

実は僕もかつてAppleの信者だった(河合塾の教室で「電脳プリント」年表を使い始めたのは1993年のこと。[参考:S・レヴィ『マッキントッシュ物語・僕らを変えたコンピュータ』(翔泳社・1994)]。

◆“すべての歴史は現代史である(クローチェ)

やはり1970年代、ニクソン・ショックから変動相場制への移行(※)。「ブレトンウッズ体制の崩壊」をみて、「アメリカの覇権は終わった」と「アメリカの衰退と没落」を唱える本は(希望的観測も含め?)、当時から書店に山積みだった。

あれから半世紀。アメリカの覇権は今も続く

※米国は債務国1986~)となって久しい。つまり「債権国」は覇権国家の条件にはならない。教科書等では、第一次大戦の説明でいつも「(1916~)債権国となった米国は…」との論述的枕詞があるが…。(「対外純資産」と「対外純負債」の関係。つまり「貸借対照表BSに関連。さて、どうする?「世界史の先生」は。)

確かに70年代が転換点だった。

鉄鋼USスティール)自動車GMなど、重工業が産業界の主役だった時代は(「GMこそがアメリカだ」と豪語する経営者も)、これら巨大装置産業の資金調達も政府レベル(日本なら通産省の官僚による「護送船団」方式)。「国家」が主役だった(Gパン学生のスタートアップ起業はあり得なかった)。

21世紀も4分の1を終えます

改めての問題です:20世紀、「偉大なる社会主義革命の勝利!」を誇らしく標榜した国々と、今や「ならず者国家」「専制国家」と呼ばれる国々が、世界地図ではほぼ重なる[露・中・北朝鮮etc.という事実。
 これをどう説明するのか!「世界史の先生」にぜひ聞いてみよう!(挑戦状ですよ)

※僕のヒント:梅棹忠雄『文明の生態史観』(中央公論社・1974)は、ユーラシア大陸を楕円形モデル図で描き、その両端[西欧・日本]に発達した資本主義市場経済)を、楕円の中央部分の乾燥地帯(専制国家)と対比する手法に、大学に入って間もない僕は世界史の構造を知る驚きと喜びを感じていた。その延長に繋がった本に、D・ヤーギン『市場対国家(上・下)(日経新聞社・1998)があり、「国家」に代わり「市場」が主役となっていく必然性を具体的に描いていて、東側・計画経済の破綻(主に1980年代)も納得できる(「政治の時代」から「経済の時代」へ)。
◆近況と予告!

受験とか教育etc.とは全く違う分野の人と接する機会を昨今は意図的に増やしてます。ただ、書店の店頭には未だ拙著も並んでおり、なかでも某都立高のN先生が「金融史を深く語った唯一の参考書」とイチ推ししてくれる本(有難うございまーす)に関連して、面白い新機軸を、版元の担当者に僕の方から提案。かなりsurprisingな話ですが、関係者みな大いに乗り気になってくれました!来たる2024、そのprojectがいよいよ動き出します。詳細はまた!

2023の世界史的大事件〉

USスティールを日鉄が買収!日清戦争賠償金で設立の八幡製鉄と富士製鉄の合併による新日鉄のこと。また、モルガン商会がカーネギー鉄鋼会社を買収した1901年のМ&AによるUSスティール設立は現代史必須事項。

・アリババ集団創業者Jack馬氏、日本永住を決断との話(中国人富裕層が続く兆しも!)。人材とマネーの移動」は「革命政権」を嫌うという歴史の事実17891917も)。また、1949年の革命中国を離れ渡米したモーリス・チャン氏が創業した台湾TSMCに今や世界が注目。・cf.)関連用語:大谷翔平くん、麻布台ヒルズ、SAPIX

――2023.12.30(来年は最終章です)

 

★神余秀樹プロフィール

 1959年、愛媛県に生まれる。1978年、広島大学文学部史学科東洋史専攻に入学。中国農村社会史に関心。1980年3月に訪中。解体寸前の人民公社の実地見学や劉少奇の名誉回復など、“脱・文革”の流れを実感。韓国・朴正熙政権の経済構造に関する研究会の他、露・ナロードニキの“非西欧性”と文学の関係には没入(大学の単位制度は無視)。丸山真男の超国家主義論、竹内好の魯迅論、三浦つとむ「官許マルクス主義」批判や、高野孟『インサイダー』に強く影響を受けた。意図的・計画的な留年2年を経て(当時、学費は安かった)卒業後、電気通信系の民間企業を経て塾業界へ。世界史の“情報職人”となる。

198990年、在英日本人高校の講師として英国在住。産業革命遺跡などを巡る一方、崩壊直前の“ベルリンの壁”、東欧・民主化革命の現場を見る。(その後も、パレスチナ和平に揺れるエルサレム[1996]、中国への返還前夜のポルトガル領マカオ[1999]など、歴史の積み重なった現場の数々を歩いた。)
 帰国後は河合塾世界史講師として30年余り。地図と年表を組み合わせて俯瞰する立体的マトリックスの手法をめざす。講義のほか模試の作成、難関大対策業務の数々、高校の先生方対象の入試研究会や研修なども歴任。

大学の市民講座は頻繁に聴講。近年は、歴史の底流たるマネーの流れにもこだわる。

目標は「難しいことを易しく、易しいことを面白く、面白いことを深く」。

 

★著書

『神余のパノラマ世界史(上・下)』(学研プラス、2010初版、2015改訂版)

『タテヨコ世界史 総整理・文化史』(旺文社、2009初版、2022改訂版)

『超基礎固め 神余秀樹の世界史教室』(旺文社、2018